世にも毛妙な物語 目次


第一話 オールフリーという名の脱毛サロン
第二話 ムダ毛の価値観
第三話 ウブ毛の記憶 ← 今あなたが見ている毛妙なページ
第四話 脱毛ルーム
第五話 悪戯なムダ毛


6月30日


「6月も月間最高売上記録更新だ!お疲れ様でした!」
恒例となった月末の定例会で、社員たちを叱咤激励していた。


僕は本田実(みのる)。30歳。
3年前からインターネット広告の会社を経営している。


社員10人とまだまだ小さな会社だが、
売上は創業以来、好調を維持し続けている。


30歳にしては、そこそこの個人資産も持っていて、
お金に困るということも今のところはない。


「ただいま。」


「おかえりなさい。今日もお疲れ様。今ご飯温めるから待ってね。」


子供はまだいないが、綺麗な妻が毎晩おいしいご飯を作って
僕の帰りを待っていてくれる。


妻の真奈美は28歳。結婚してからは専業主婦。
全ての家事は真奈美がやってくれている。
だからこそ僕は仕事に集中できている。


「真奈美!6月も月間最高売上記録更新したぞ!」


「うわー!おめでとう!実は・・・私からも嬉しい報告があって・・・
 今日病院へ行ったら・・・7週目だって・・・」


「え?!うお・・・・・ま・・・ま・・・まじで?!
 赤ちゃんできたの?よっしゃー!」


結婚5年目。なかなか授からなかった子供がようやくできた。
仕事にプライベートに。まさに幸せの絶頂だった。


7月1日


いつものように仕事から帰ると、家の電気がついていない。
妻の真奈美が留守のようだ。


買い物へ行ったり、友人と会ったりして、帰りが遅くなる時は、
いつもなら必ず事前に連絡をくれていた。
こんなことは結婚して5年目で初めてのことだ。


携帯に電話をしても電源が入っていないのかつながらない。
嫌な予感がした。


冷静になり、周りを見てみると、、、
いつもと違うのは真奈美がいないことだけではなかった。


真奈美の持ち物・使っていた物が全てなくなっている。


洋服・下着・化粧品・キッチン用品・・・何1つない。
驚くことに、彼女の髪の毛一本すら落ちていない。


まるで、彼女がこの家に存在していなかったかのように
すべての痕跡がなくなっている。


1つぐらいは何か残っているに違いない。
家の中に彼女のモノがないか一生懸命に探し回る。


1時間くらい探し回っただろうか。
お風呂場の隅にカミソリを見つけた。
妻がムダ毛を剃るために使っていたものだ。


僕はヒゲの処理は電気シェーバー専門でカミソリは一切使わない。
間違いなく妻だけが使っていたカミソリだ。


カミソリは綺麗に洗ってあったが、
一本だけ、ウブ毛のような、小さな毛がくっついていた。


7月2日


次の日の朝まで真奈美の携帯はつながらなかった。
僕は警察へ捜索願いを出すことにした。


「よくあるんですよねー・・・突然蒸発するというのは。
 男がいたんじゃないんですか?心当たりはありませんか?」


警察の心無い対応に嫌気がさす。
一応捜査してみます・・・といった程度で、
どうやら本気で動いてくれそうな気配はない。


その後、探偵をしている友人へ調査依頼を出した。


自分でも仕事を休んで探し回った。
まずは、真奈美の友人関係・親戚へ電話。


ご近所への聞き込みも自分でして回った。
しかし、手がかりにつながる情報は何1つ出てこない。


夫婦関係はうまくいっていると僕は思っていた。
前日には妊娠が分かり、二人で大喜びをしたばかりだ。


僕は結婚5年で一度も浮気をしたことがない。
仕事関係の付き合いで、たまにキャバクラへ行くことはあったが、
全て妻には話していて、了承を得ている。


「まあ、仕事の付き合いだし、仕方ないよね。」


理解のある妻だった。
もちろんキャバクラの子に電話番号を聞いたり、
その後デートに誘ったりしたことも一度もない。


逆に、妻に浮気の気配を感じたことも一度もなかった。
僕が気づいていなかっただけなのだろうか?


相手の心を知ることはできない。
うわべだけ僕を愛しているふりをして、
実は、もうとっくに僕には愛想が尽きていたのだろうか?


もしくは警察が言ってたように、男がいたのだろうか?


お風呂場のカミソリにくっついていた、
この小さなウブ毛だけが、彼女がこの家で生活していた証。
唯一残された、思い出の品。


僕は、それを大切にしまっておくことにした。


なぜだ?
妻に何があったんだ?
今どこで誰と何をしているんだ?


頼むから・・・誰か教えてくれ・・・


時は流れていく。


探偵の友人からは1年に1度くらい、それらしき情報が入ってきていた。


「真奈美さんに似ている人を見かけたという情報を入手した。」
「夜のお店で働いている女性が真奈美さんにソックリだ。」


そのたびに期待して、我を忘れて探したが・・・
全てがガゼだった。


何一つあてになる情報が入ってこない。
何一つ。


あの日。7月1日を境に、妻は綺麗さっぱり消えてしまったのだ。


生きているのか?
死んでいるのか?


それすらも分からない。
何の手がかりも見つからなかった。


それでも私は、探し続けた。


気づけば、妻が失踪してから、もう30年という時間が過ぎていた。


愛想つかせて出て行ったんならそれでもいいのだ。
男が他にいたのならそれでもいい。


ただ、理由が知りたい。
真実が知りたいだけなんだ。
このまま死にたくない。


ある日、いつものように寝る前に一人寂しくテレビのニュースを見ていると・・・


昨日、クローン人間をつくる技術が、
民間の会社で許諾された、というニュースがやっている。


一本の体毛からクローン人間を作ることもでき、
その人間の記憶も再現できるらしい。


「現段階では、莫大なお金がかかりますし、
 実用化にはまだまだ時間がかかりそうですね。
 しかし今後、未解決事件の犯罪捜査に、
 一役買ってくれそうな技術ではありますね。」


コメンテーターは期待を込めてこう言った。


莫大なお金がかかるというが、その財力が私にはあった。


妻の残した唯一の思い出の品。
カミソリについていた小さなウブ毛。


30年間、どこへ行く時も肌身離さず持っていたこのウブ毛が、
ついに役立つ時がやってきた。


クローンをつくれば、失踪の謎が解けるかもしれない。
私は、それに迷わず飛びついた。


すぐにクローン制作会社に連絡。
クローン制作料金を振り込み、ウブ毛を渡し、待つこと一週間。


「ピンポーン。」


自宅のインターホンが鳴る。
ドアを開けると、、、30年前の若く、美しいままの妻がそこにいた。


「あの・・・どちら様ですか?」


妻は私のことが誰だかわからないようだ。


それもそのはず。
あれから30年。私は年老いてしまっている。


クローン制作会社からは何も聞いていないようだ。
家の前まで車で送って、それで納品完了ということか。


事情を全て説明してみることにした。


君はクローンで、君の記憶のある頃からは
現実の世界では30年経っているのだと。


だから目の前にいるこの老人は、30年後の本田実なんだと。


それでもクローンは理解できずにポカーンとしている。


再生されたクローンの記憶の中の30年前の本田実と、
今目の前にいる本田実が、同一人物であることを分からせなければ、
話は一向に前に進まないことを私は理解した。


その手段として、すぐに思いついたのは、
右のわきの下にあるほくろを見せることだった。


私にも妻にも、偶然だが右のわきの下に大きなほくろがあるのだ。


結婚する前、付き合っている当初にこのことにお互い気づき、
「これも運命ってこと?」なんて冗談を言い合っていたものだ。


その記憶はクローンの頭の中にもインプットされているはずだ。


ほくろを見せ、しばらくは混乱しているようだったが、
冷静に説明を続けてみると、半信半疑だがなんとか受け入れてくれたようだ。。


お客さんをもてなすかのように、お茶を入れてリビングに座ってもらった。


早速、核心にせまる質問をすることにした。
これを聞くために莫大なお金を払ってクローンを作ったようなものなのだから。


「7月1日に何があったんだい?」


………彼女は、答えることができなかった。


カミソリでウブ毛を剃ったのは、失踪の一週間前。
彼女の記憶は、そこまでしかなかった。
それ以後の記憶は、毛の中に残されていないのだ。


それでも、妻が自分から出て行ったのであれば、
一週間前の段階でその理由を抱えていたはずだ。


私に対しての不満は何もないし、他に男もいない。
クローンは、そう答えた。


だとすると妻は、自分から出て行ったのではなく、
何らかの犯罪に巻き込まれて、連れ去られたということになる。


果たして本当だろうか?


クローンになっても、
私に言えない何かを隠しているのではないか?


記憶が再生されている、ということは、
私に何かを隠さねば、という感情も再生されているのでは?


他人の心がのぞけないことが、
これほどもどかしいと思ったことはない。


若いクローンの妻と暮らす日々がはじまった。


子供もおらず、ただただ、孤独だった生活の中に
妻が戻ってきてくれた。


クローンの妻は全てを受け入れ、年老いた私をも愛してくれた。


満ち足りた幸せな日々が戻る。
今までのさびしい日々を取り戻せるかのように。


何ヶ月も過ぎた。


失踪した妻のことは、もちろん心のどこかに引っかかっているが、
だんだん、どうでもよくなりはじめていた。


若いままのかつて愛した女。
クローンだと分かっていても嫌いになるはずがない。
同じように愛していた。


夫婦は通常であれば一緒に年齢を重ねていく。
だが、私は60歳なのに30年前の若い頃の妻と暮らしている。
これは男のロマンではないか?とも考えたりした。


私の人生もそれほど長くは残されていない。
このままの新しい生活を続けていくのも悪くはない。


そういえば、クローンに関しては、
確か注意事項があったが・・・なんだったかな?


クローン制作会社に仕事を依頼した当時は、
妻の失踪した理由がこれで分かる!と、それだけに夢中になり、
注意事項の説明を聞いたが耳には入っていなかった。


まあ、いいか。
たいした注意事項じゃなかったはずだ。


「もうすぐ7月かー。そういえば妻が失踪したのが、7月1日だったな。。。」


何気なく、クローン妻に語りかけると、
クローン妻は手に持っていたグラスを落としてしまった。


「どうした?!まさか・・・何か思い出したのか?」


「違うの。そうじゃないの。
 分からない。その日付をきくと・・・なぜか、ドキドキしてくる・・・
 はっ!…近づいてるんだ。」


「何が?!」


「私に何かが起こるの!7月1日に!」


「だから何が?!」


「いや!やめて!考えたくない!その日の話はしないで!」


不穏な空気が流れた。
それっきり2人の間でその話に触れることはなくなっていた。


ふわあぁあ!もう昼か、ずいぶん寝てしまった。


「真奈美ー。真奈美ーいないのかー。」


買い物にでもいっているのか。
そういえば今日はスーパーの特売の日だったかな。


カレンダーを見ると今日は7月1日。


スーパーの特売の日は明日だった。
7月2日のところに「特売日!」と赤文字で書いてある。


・・・・・・・・・・


嫌な予感がする。


いや、まさか、、、


30分・・・・・・・・・・


1時間・・・・・・・・・・・・・・


3時間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


何の連絡もせずに、こんなに家を空けたことは今まで一度もない。


まさか、クローンまで失踪?!
何が起きているんだ・・・
なぜ、7月1日なんだ。


警察に捜索願いを出しに行こうとしたが止めた。
30年前の対応を思い出したからだ。


しかたなくまた30年前と同じく
友人の探偵に調査依頼を出した。


自分でも思い当たる友人などに電話を片っ端からする。
近所に聞き込みをしてみる。


一日中、足が棒になるまで探しまわった。
スーパーの特売日は明日だが、念のため、
スーパーの店員さんにも聞き込みをしに行ったりもした。


何一つ手がかりのつかめないまま、夜になり帰宅。
へとへとだった私はベッドの上に倒れこんだ。


「分からない・・・どういうことだ・・・誰か説明してくれ!」


その時、はっと気づく。
30年前と同じ7月1日に妻は失踪した。
だが1つだけ30年前とは違うことがある。


今度は、妻の物は、一切持ち出されてない。
布団の上には、妻の長い髪の毛が何本も残されている。
昨日までここで寝ていたから当然だ。


「もう一度クローンを作って真実を見つけなければ・・・・」


髪の毛を持って、クローン制作会社に急ぐ。


直前までの記憶があれば、きっと何かわかる。
クローンが消えた理由も、そして妻の失踪の理由も・・・
すべての謎が解けるはずだ。


「それは、、、できません。」


「えっ?!なぜです。お金ならいくらでも払います。
 こないだの倍払いますから!
 今すぐ、もう一度クローンを創ってください!」


「クローンの髪の毛からクローンを作ることは
 今のところ法律で禁止されているんです。


 不完全な人間がつくられてしまう可能性がとても高いからです。
 どんなにお金をいただいても、できないんです。」


「3倍出す!いや5倍出すから頼む!創ってくれ!
 私さえ黙っておけば警察にばれることもないだろ?
 クローンのクローンも見た目は普通の人間に見えるわけだから。」


「・・・・・分かりました。絶対に内密にお願いしますよ。」


もう法律を犯してもいい。そんな気分だった。
どうしても真実が知りたかったんだ。


・・・・・・


「ピンポーン」


1週間後、自宅のインターホンが鳴った。
ドアを開けると、再びあの日のままの綺麗な妻が立っていた。
クローンのクローンだ。


挨拶もそこそこにして、今回はすぐに本題に入った。


「7月1日と聞いて何か覚えていることはあるか?
 どんな細かいことでもいい。記憶をたどって教えてくれないか?」


「え!7月1日!?その日付言わないでよ!
 うわああああああああああああ!」


クローンのクローンは大声をあげながら、家を出て、
そのまま全速力で走り去って行き、
二度と私の前に姿を現すことはなかった。


後日、クローン制作会社へこのことを伝えに行くと、


「やはり・・・クローンのクローンだから不完全なんだ。
 こんなことやっちゃいけなかったんだ。」


弁護士事務所でパソコンに文章を打ち込む男


<本田実に関する調査報告書>

30年前 7月1日
本田実(当時30歳)の妻、真奈美(当時28歳)は心筋梗塞にて倒れる。
病院に担ぎ込まれるが、そのまま帰らぬ人となる。


何の予兆もない突然死。
事故などであれば、誰かを憎むことが出来ただろう。


心の準備もできていない状態においての愛するものの死を、
彼は全く受け入れることができなかった。


彼は、妻の死を記憶から消し去り、
妻が失踪したという嘘の記憶を創りだす。


その記憶のつじつまを合わせるため、
妻の思い出の品は、自分で処分したらしい。
(これは、当時の廃品業者から確認が取れています。)


カミソリには自分でわざと彼女のウブ毛を残しておき、
それを肌身離さず持ち続けていた。


その後30年間、妻が生きていると信じ続け、
ありとあらゆる手段を使って探し続けた。


そのことが彼の生きる糧になっていたようだ。
この気持ちを否定できる人間はいないでしょう。


警察は、捜索願いを受け取るたびに、事実を説明しており、
周りの人間も妻がもう死んでいることを
分からせようと何度も試みたそうですが、
自分にとって都合の悪い記憶は、自分で書き換えていたようです。


探偵は、友人をかわいそうに思い、いろいろと話を合わせ、
真奈美を探しているフリをしていたようです。


1年に1度は、がせの情報を作り出し、
それを本田実に渡していたようです。


情報を受け取ることで、例えそれがガセネタだったとしても、
本田実に生きる目的を与えてあげなければ、との配慮だったようです。


(これも探偵本人から確認が取れています。)


30年後、本田実は、クローン技術で奥さんを蘇らせます。
ただし、クローン技術には注意事項があります。


クローン人間は、長く生きられないんだそうです。
それが、現在の技術の限界のためなのか?
本当の人間との差別化を測るためなのか?
理由は分かりませんが、、、そうなっているようです。


クローンの寿命がつきる日は、正確に分かっていました。


7月1日


なんという偶然でしょう。
奥さんが失踪した日と同じ日でした。
天のいたずらとしか言い様がありません。


クローンは、7月1日の未明、寿命がつきました。


この日の午前中に、本田実は自分自身で
クローン用の簡易お葬式を出したにもかかわらず、
再びクローンの死を受け入れる事が出来ず、
正午には、クローンの寿命と死の記憶を消去し、
失踪という嘘の記憶を創りだしていました。


7月1日という日にとりつかれた彼は、
その真相を知るためにクローン会社のスタッフと共謀し、
法律で禁止されている、クローンからクローンを創るという犯罪を犯しました。


クローンのクローンが本田実の家を飛び出してすぐ、
歩行者信号を無視して事故にあい、
病院へ運ばれたことで、このことが発覚。


クローン制作会社と本田実は逮捕されました。


以上が今回の調査の全てです。


すべては、妻を愛するあまりの行動で
このことを陪審員に訴えかければ、
裁判を有利に進められるものと考えられます。
おそらく叙情酌量の余地ありとなるでしょう。


現在の彼は、病院にて拘束中。
精神鑑定の必要アリと認められているので、
その結果によってはさらに刑が軽くなるものと思われます。


世にも毛妙な物語【第三話 ウブ毛の記憶】完


追伸


昨日、彼の様子を見に病院を訪れましたが、
こちらの話は全く通じませんでした。


うわごとのように「7月1日・・・」とつぶやいているだけでした。
もう、正気に戻ることはないと思われます。



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第二話 ムダ毛の価値観
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